“なわとび大使”の旅―筋肉痛も気持ちよく!
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まず、高校生の私のわがままに、真剣に相談にのってくださったU−LAWに方々、現地で付きっきりで通訳してくださったモーモーさん、使わなくなって家に眠っていた縄跳びを寄付してくださった愛宕浜校区の方々、ご近所の皆さん、福岡女子高校の皆さんに心からお礼を言いたいと思います。ありがとうございました。
今年の2月、夏休み前後に何か海外ボランティアに参加したいという私のわがままから縄跳びミッションが始まりました。その後、現地での爆弾テロ、受け入れてくださる施設等、様々な困難を乗り越えて、7月11日〜13日までの3日間、無事、ヤンゴンで縄跳び紹介をすることが出来ました。
最初の壁は、私自身の縄跳び技術。小学生の頃は二重とびが出来ませんでした。でも2月から毎日30分〜1時間練習して、二重とびも何とか20回くらい飛べるようになりました。次は、1度も跳んだことのない子どもたちにどうやって教えるか悩みました。小学生向けの縄跳び教材や、様々な小学校の取り組みを参考にして、“級の表”と、私がいなくても誰が見ても飛び方が解るように“飛び方の絵”を作成しました。そして、様々な人に協力していただいた縄集め。必要な縄は300本以上。インフォメーションを作って福岡市西区全部の公民館に掲示していただいたり、近所の方々に回覧板で回していただいたり、学校の掲示板に貼っていただいたりと、見ず知らずの方々にも協力していただいて、最終的には350本以上の縄を寄付していただきました。
福岡空港出発時には、荷物の重量が二人分(母と私)の規定の40kgをはるかに越えてしまいました。が、絶対に減らすことの出来ない荷物でしたので、U―LAWの伊藤さんの一言で何とかdonationグッズということを認めていただき、それでも越えるものは手荷物にしてクリアすることが出来ました。逆にヤンゴンの空港到着時は、現地U−LAWスタッフのおかげで、荷物のチェックは簡単にパスできました。いよいよ縄跳び大使としての3日間の始まりです。この時期のヤンゴンは雨期ということで天候が心配でしたが、奇跡的に3日とも縄跳び指導をしている間だけ一度も雨は降りませんでした。 |
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○7月11日 1日目 Yadanar Bon Yeik Nyein (Thingangym) No1 Monestry Education School
100人近くの子どもたちが迎えてくれました。ここは、今までにたくさん日本からの支援を受けているところです。教室に入ったとたんに私たちの健康と幸せを願う祈りをしてくれて、感動しました。私が自己紹介をしたとき、子どもたちは、とても真剣な目をしていて、私の話を一生懸命聞いてくれました。
室内で、しかも裸足で跳んだのは私にとっては初めてでしたが、とても気持ちよく跳ぶことが出来、二重とびの自己最高記録も出ました。両足とびの模範演技を見せた後、縄を渡して「これで跳んでみて。」というと何人かが挑戦したいと手を挙げました。体育の授業がない国の子どもたち、今まで一度も縄跳びをしたことのない子がほとんどです。どうなるかと思いましたが、さすがに子ども。100人の内、40人くらいはなんとか跳べたのには正直驚きました。その後、跳べない子を中心に縄の持ち方、跳ぶときの足(両足で跳ぶこと)、腕の回し方を図を見せたり実際にやって見せて教えました。最も効果的だったのは、縄をおいて、ぴょんぴょんと両足で飛び上がり、空中で1回手をたたくというもの。これが10回くらい出来れば縄を持って跳ぶと、跳べなかった子ども達の内の8割くらいが跳べるようになりました。
次に大縄飛びをしてみました。一人で跳ぶよりもみんなで跳ぶ方が楽しいようで、一人とびが出来なかった子で大縄だと跳べるという子が数人いました。これで“跳ぶ”感覚を身につければ一人でも跳べるようになるでしょう。また、みんなが大縄に夢中になっている間も、敷地内のあちこちであやとびや後とびに挑戦している子がたくさんいました。みんな必死になって練習していました。終了後、子どもたちは健康や幸せの祈りを唱えてくれました。私の周りにサーッと集まり、地面に頭を付けて拝んでくれたのにはさすがにびっくりしました。
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最初はみんなそれぞれ個人練習、帰り際には皆で跳んでくれました
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○7月12日 2日目 Myintha Myoo No2 Monestry Education School
ここには、とても恵まれない子どもたちがたくさんいました。北の方や、他の地方から来ている子も多く、私の日本語を通訳さんがミャンマー語に訳し、それをまた、別の人が地方の言葉に訳してくれました。内容は1校目と同じでしたが、ここでは、数名よく跳ぶ子がいたので、思い切って二重とびを教えてみました。特に跳べそうな男の子二人を選び、特訓しました。両足とびと同じように、両足でぴょんぴょん跳ぶ。空中にいる間に今度は2回手をたたく。それが10回くらい出来たら、縄を片手に持って、1回跳ぶ間に縄を2度回す。そうしていよいよ実際に跳んでみる。これを繰り返していると、何と二人とも二重とびを飛べるようになりました。しかし、その二人を超える子がここにはいました。私が縄跳びを教えに行くと聞いたその子は、自分で縄を何とか作り、密かに練習したそうです。私に見せるために。そしてその子は、誰よりも上手に二重とびが出来るようになりました。みんなの前でこの三人で演技披露をしてもらいましたが、大喝采でした。
帰り際に僧侶の方たちに「1日に何回練習したらよいのか。」とか、「何時頃跳ぶのが効果的か。」などの質問を受けました。私のやったことをこれからも真剣に取り組んでいってくれれば良いなあと思いました。
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| 跳ぶリズムをつかんでほしい・・ひとりで跳べない子は、私の腰を握って一緒に跳びました。上手そうなふたりには二重とびを特訓! |
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| 跳び方の絵を真剣に見る僧侶。 縄跳びが終わると私も汗だくです。 |
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○7月13日 3日目 Mahar Theik Pan Monestry Education School
ここには、お弁当を持って自宅から通っている子もいました。また、男女半々くらいで、全部で140人もの子どもたちが迎えてくれました。教室にはいると、全員が日本語で「幸せなら手をたたこう」を歌ってくれて、感動して泣いてしまいそうでした。この日は、筋肉痛がピークで体は疲れ切っていましたが、歌声を聞いて頑張る気がまた出てきました。
ここでも大縄は大人気で、だんだんコツをつかんできた子どもたちは、飛び方を工夫していました。私が、ある一人の子に集中的に教えていると、「次は僕!」「次はわたし!」といってどんどん出来るようになった飛び方を私に見せに来てくれました。最後に、私が習字で書いた賞状に折り紙で鶴やチョウチョを作って張り付けたものを渡してお別れしました。
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| 初めての縄跳びで嬉しそう。 |
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| うまく跳べないけどゆっくり回してピョン。 |
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| 少し跳べるようになると外で練習。上手になったよ! |
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| 通訳のモーモーさんにも子供たちと同じ賞状をお渡ししました。 |
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○まとめ
初めは跳べること跳べない子がはっきりしていけど、他の子達が大縄をしている間思い思いに一人で一生懸命練習したり、跳べるようになった子が跳べない子に教えてあげたり、最終的にはとても上手に跳べるようになった子がたくさんいました。みんな、跳んでるときも目がきらきらしていて、楽しそうに嬉しそうに跳んでいました。特に、大縄は大人気で、持って行って良かったと思いました。大縄も、上手な子が跳べないこの手を取って一緒に跳んであげたりしていました。2校目の僧侶達が言ってくれたようにこれから長く続けてくれると良いなと思います。出来れば3年後くらいに様子を見に行きたいです。
私の夢は国際的に活躍する看護婦になることです。今、高校2年生で、将来のことを真剣に考えて進路を決める時期に来ています。小学生の時から描いているこの夢に向かってがんばれるかどうか自分で確かめたくて自分にできることを捜していました。ミャンマーには体育の授業がなく、実際にあった子どもたちも肺が弱く咳込んだり、髪の毛が抜けたりと決して健康そうではありませんでした。また、この国の寿命が短いということも実感しました。アジアやアフリカの中ではまだ恵まれている方といえるかもしれませんが、生きることで精一杯で、健康的な生活を送るとはほど遠いと言えます。今の私に、病気を治すことは出来ないけれど、縄跳びを教えることで、病気にならない健康な体を作ろうと、一人一人が少しずつ努力していってくれれば良いなと思います。子どもたちのいきいきとした、輝くような目をいつまでも忘れずに、国際看護婦に絶対なろうと決めました。
T.Y
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「なわとび大使に同行して」
この半年間、娘の“夏休みにどこかでボランティアをする”という決意の元、様々な人達が娘の願いを真剣に受け止めて考え行動してくださったことに、心からお礼申し上げます。準備の段階も、現地でも、たくさんの方々に助けていただき、今回の縄跳び大使を成功させることが出来ました。
初めて行った発展途上国は、犬までやせ細っていて、想像以上に一般市民の生活が苦しいことを実感しました。街往く人達、特に子どもたちは、いきいきとした目で、心豊かな感じがしました。縄跳び大使を受け入れてくださった3カ所の孤児院、学校は、私たちを快く迎えてくれました。子どもたちが娘の模範演技を見たり、説明を聞いたり、出来る子が出来ない子に教える姿は真剣そのもので、とても感動的で、何か目標を見つけた喜びを感じているように見えました。
最初、娘は「一人で行く。」と言い張っていたのですが、それでは危険を伴うと言うことで私が同行いたしました。本当にこの子に出来るかどうかを自分の目で確かめたかったというのもありました。娘はきっと、何かを与え助けたりするつもりでミャンマーまで行ったと思うのですが、実はこちらの方が現地の子どもたちや出会った数多くの人達に生きていることのすばらしさや自分がいかに恵まれているかを教えられたに違いありません。しかし、ひとつのことを最後までやり遂げた娘にも、私から大きな拍手を送りたいと思います。月並みですが、半年間、よく頑張りました。この経験から、娘はきっと目指している国際看護婦になって、世界に飛び立つと信じています。そして、縄跳びをきっかけに自分の体の健康維持にミャンマーの人達が少しずつ興味を持って元気で生活してくれることを心から願っています。
母Yさんより
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