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コーカン地区学校建設視察
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北九州市にて活動をしている「ミャンマーに学校を作る会」(民谷貴美子会長)がフリーマーケットの収益金で学校建設を開始したのが2年前。マンダレー地区にて3校を既に建設されたそうです。その後、色々な方からミャンマーシャン州のケシ栽培地域であるコーカン地区の話を聞くにつれコーカン地区での学校建設の夢が大きく膨らんだようです。前回のミャンマー訪問時に視察を試みましたが、現地の状況が全く分からず訪問が実現できなかったそうです。
今年に入り伊藤事務局長と偶然(?)民谷さんがお会いしたことがきっかけで紆余曲折があったものの今回の視察が実現しました。伊藤事務局長より小生にHELP!に似た連絡があったのが2月。過去の経緯がわからないものの、1995年より小生の活動の中心であったシャン州ケシ栽培地域のコーカンと聞くと放っては置けない! 伊藤さんに「コーカンは私の庭」と迷わず返信を打ってしまいました。(人が良い・・・)
まずはコーカンへ行くには制限区域である為政府の承認が不可欠!それが視察予定に間に合うか否かが一番大きな問題でした。豪語した以上、承認が下りなければユーローの信用に関わる!を念頭に、政府との折衝を行い晴れて許可が間に合いました。(ホッと一安心)
一行が23日に到着、一時帰国し23日夜半に打ち合わせを行い、24日早朝いざコーカン(漢字では「果敢」と書きます)に向けた珍道中が始りました。総勢8名(運転手を含む)でNissan Caravanを借り上げ、マンダレー−ラショー(7時間) ラショー−コーカン(7時間)へ・・・・・行程2日の道のり。
コーカンの中心地ラオカイ到着は25日午後、26日―28日の3日間の視察が始まりました。日本からの視察団は全てが初めての地と経験で「ツアコン」岩崎の指示に戸惑われたことも多かったと思います。とにかく、この3日間の視察で無事 小学校一校、中学校一校の建設が決定しました!!小学校の予定地は少数民族の中でも少数民族であるパラウン族のマンチュウ村。民谷さん一行も彼らの貧しい状況には複雑な思いがあったようです。中学校建設予定地は小学校卒業後、経済的に村から離れた中学校に子供を送れない家庭が多いシーオー村に決定しました。(現在ある小学校に隣接して建設予定)
実際、他にも小学校建設を望んでいる貧しい村は無数にあるのですが、今回の決定は、貧困に苦しむ村における小学校一校の建設と、教育の継続を目指す(出来るだけ多くの小学卒業児童を中学校へ進学させる)ことが前提となりました。
なお、行く先々で民谷さんが説明されたことが印象的でした。曰く、「九州とコーカンとのつながりは、大戦中は北九州を中心とした陸軍56師団が行軍し、地元の人に迷惑を掛け、また助けられたことが数多くあったことでしょう。過去の不幸な歴史を、これからは自分たちが正しい形で後世に伝えていく義務を感じます。また、学校建設によって未来に向かう日本とコーカンの素晴らしい関係が続くことを切に願っています・・・・・」
視察を行ったのはラオカイ(漢字では「老街」と書きます)を中心とした5地区の5校で、各学校に日本から持参された学用品の寄付を行いました。子供たちの嬉しそうな目に皆感激されたようです。
3日間の視察を終える29日に、現地責任者に報告を行い、またの来訪を約束しラオカイを後にラショーへ・・・・・
貧困の状況に複雑な思い、貧しくとも明るい子供たちの笑顔、学校建設と言う夢が日本からの視察団の胸に複雑に交じり合いながら帰路の沿道を眺められていたのではないでしょうか。
視察団は引き続きマンダレーの学校を回り、3日にヤンゴンに戻ります。ご一行が日本へ戻られてから詳細なご報告をされることと思います。
ご期待ください!!
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