| ミャンマーだより |
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| ▼2004 |
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2003年12月末〜2004年1月2日
・最終戦 勝利報告 |
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ミャンマーチーム最終戦 勝利!!
ミャンマー球史に残る 感動のドラマ!
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次打者は5番渡辺。自身、二塁手としてこの試合エラーをしている為、それを返す絶好の場面である。ミャンマーチームは何とかこの打者を打ち取り、ゲームセットに持ち込みたい。監督、最後まで衰えないピッチャーの気迫を信じ真っ直ぐの指示を捕手に出す。ピッチャー第一球を投げ込む。ファウル!次はここは慎重にいくべきか、勝負か? 高めは危ない。真っ直ぐか変化球か?サインが決まった!カーブ。ピッチャー第二球目を投げた!カーブがストライクゾーン低めに決まった!打者ピクリとも動かず堂々と見逃した。何を待っているのか?絶対に焦りは禁物だが、監督の脳裏に前打者を三振に打ち取った光景がよみがえった。球は生きている!! ここは真っ向勝負しかない! いざ勝負!! ピッチャー チョーチョートゥンの魂の球が放たれた。打者渡辺のバットが空を切る。見事二者連続三振でゲームセット!!! ミャンマーチームが最終戦に勝利を収めたミャンマー野球 球史に残る熱戦が14対12をもって幕を閉じた。
八回を全力で投げきった投手 チョーチョートゥンには既にマウンド上で狂喜する力すらも残っていなかった。しかし両手を膝にあて、疲れきったその姿から、何かをやり遂げた充実感がひしひしと伝わっている。集合!の声が主審から高らかにコールされる。ゲームセット後、両チームの選手はお互いの健闘をたたえ、その姿には見るものを魅了する大きな感動があった。
試合後、くしくも最終打者となった渡辺が言った「気迫の投球に負けました。1球毎に渾身の力で投げ込んでくるピッチャーの息づかいが聞こえ、最後まで球が生きていました。待っていた球?真っ直ぐだけです。直球を打ち返して試合をひっくり返したかった・・・」が、悔しさの滲むその顔には、この試合が本当に素晴らしかった!という満足感が漂っていた。
野球は素晴らしい。野球に関わって本当に良かった。日本、ミャンマー選手達全員に大賛辞を送りたい。
試合後ミャンマー選手一人一人に「有難う」と声を掛けると、皆ニコッと笑うその爽やかな笑顔の素晴らしさ。この子達と毎日野球を続けて来て本当に良かったと、この試合に指揮をとることが出来て本当に良かった・・・・・。日本選手団 本当に有難う!!
ここで感動の一ページは終了します。
最終試合の翌日1月3日。日本へ帰国する前の選手が球場へ最後の挨拶に来てくれました。今回の大会が本当に素晴らしく、必ずまた来ます、最終戦の敗北は本当に悔しくて絶対今年の年末は雪辱に来ますと言う言葉が口々に聞かれたことが大会へのなりよりの賛辞だと思います。最後、見送る為バスの入り口に整列したミャンマー選手達と別れを惜しむ日本選手の中には目に涙を溜めている選手も数多くいました。日本選手団の皆様本当に有難うございました。もっと大きな感動が今年の年末に再び訪れる予感がしています。野球を愛する人達が作り上げる感動と、自分自身の情熱を傾けていることを通じて出来る民間レベルの国際協力の大切さを今回の大会を通じて改めて実感しました。
大会の運営にご協力いただきました皆様に改めて御礼申し上げます。
ミャンマー野球チーム
総監督 岩崎 亨
(U-LAW顧問、岩崎無双塾 塾長)
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